しろまち伏見
(更新)
~ 秀吉・家康ふたりの天下人が築いた城下町 ~
株式会社ボンドタウン(立石作成)~お城フェスでの資料~
伏見城の廃城後、ここ伏見山(桃山丘陵)にスポットがあたったのは、1912年の明治天皇陵の造営からです。
今は、静かな場所ですが、戦前は参拝客でとても賑わっていたそうです。
更に時代は移り、1964年に、近鉄の出資により遊園地が開園されました。
その名は「伏見桃山城キャッスルランド」。
私も子どもの頃、1年に2回ほど、遊びに行ってました。
特に、桃山城のプールは大盛況でした。
しかし、残念ながら、2003年に遊園地は廃園されます。
伏見のシンボル的な伏見桃山城も廃城の予定でしたが、地位住民の懇願で、京都市に無償譲渡されました。
現在は、「運動公園」として、区民の憩いの場所となっています。
今も、この模擬天守は残っていますが、耐震基準の問題で、内部は非公開で、登城も出来なくなっています。
更に、天守閣の屋根瓦などが落下して危険なため、現在は、天守閣周辺に規制線が張られ、近寄ることもできない状況です。
伏見のシンボルなのに、非常に残念です。
参考までに、
伏見でボランティアとして活動している「伏見歴史同行会」という団体があります。
ここが、伏見市100周年(2029年)を目指して、伏見城のジオラマを作るプロジェクトが進行しています。
詳しくは、「伏見歴史同行会」のホームページをご覧ください。
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。