まいぷれ札幌市中央区編集部は、今年のYOSAKOIソーラン祭りを観覧し、様々なことに気づきを得ました。例えば、演舞を終えるときの挨拶の仕方。意外と年齢の高い方も踊りに参加されていること。
本州のチームには歴史を感じさせる衣装や小道具での演出があったこと。初参加のチームなのに踊りが洗練されていたこと等々です。
多くのチームが賞の獲得を意識した演舞を見せるなか、衣装はバラバラ(写真➋)、踊りも?ばらばら?、まったく自由に踊っているチームを発見しました。チーム名は「さぁさみんなでどっこいしょ」です。
「なんだこれは?(失礼!)」と衝撃を受け、公式ガイドブックを確認すると、「YOSAKOIソーラン祭りに第1回から参加し続けている唯一のチーム」とのこと。しかも中央区のチームです。これは取材せねばなるまい!と、早速、チームに申し入れ、宮本毅代表へのインタビューが実現しました。(取材日6月19日)
編集部:先日はお疲れ様でした。このお祭りに第1回目から参加し続けているチームと知り、色々とお話を伺いたいと思います。
宮本氏:はい、よろしくお願いします。
編集部:宮本さんがYOSAKOIソーラン祭りと関わり始めたそもそもの経緯は、どのようなものでしたか。
宮本氏:第1回目(1992年)の時、10チームが参加しましたが、踊るための楽曲がなかったチームがありました。それは北大留学生チームだったんですが、そのチームの楽曲を作ったのが関わりのスタートでしたね。
編集部:なるほど。作詞作曲をされていた宮本さんならではの出会いだったわけですね。その後の展開はどうだったのでしょうか。
宮本氏:その後もそのチームと関わり続け、3回目のときからチーム名を「さぁさみんなでどっこいしょ」にして、今日に至っています。
編集部:第1回目から関わっておられて、組織委員会や運営委員会とのご関係はなかったのですか。
宮本氏:委員会メンバーではありませんでしたが、密に連絡を取り協力してきました。裏の長谷川岳、表の宮本毅といった役割分担で。
毎年、色々な企画や提案をし、採用されるものもあれば採用されないものもありましたが・・・。
編集部:そうでしたか。ところで本日取材に至ったきっかけは、宮本さんが代表を務めておられる「さぁさみんなでどっこいしょ」チームのあり方に興味を持ったからです。
貴チームの演舞をみていると、「YOSAKOIソーラン大賞なんてまったく気にしない」といった迫力(?)を感じました。(大変失礼でしたが、率直な感想をぶつけてみました)
宮本氏:ははは(笑)・・・とにかく誰でも、自由に参加して楽しめればいいと思っています。賞を目指すチームがほとんど全部といっていい状況ですが、もう少し自分たちと同じように自由なチームが出てきて欲しいですね。
編集部:外国人の女性の方も踊りに参加されていましたね。
宮本氏:はい。札幌在住の外国人の方でしたが、今年、参加したいと申し出られ、ほぼぶっつけ本番のような感じで踊っていました。
編集部:チームとしても、衣装はバラバラですし、踊りもバラバラに見えました(写真❸、❹)。曲はいい感じでしたけど。(またまた失礼!)
宮本氏:チームコンセプトは「お祭りを楽しむ事」ですからね!(笑)
編集部:納得しました(笑)。反論の余地はありません!
ところで、総踊り用の楽曲「バンザイ!!NARUKO CARNIVAL」をつくられたとのことですが、何かきっかけがあったのでしょうか。
宮本氏:30周年(2021年)のとき、ふと考えてみたら、初回からのメンバーが11人しか残っていませんでした。最初の年から数年間は、高知の「セントラルグループ」が来て下さった。しかし、こちらから高知へは行くことなく、北海道で勝手に盛り上がり広げていった。
しかし、高知のよさこい祭りがあってのYOSAKOIソーランなので、もっと連携しあって盛り上げていく必要を感じ、みんなで踊れる曲として「バンザイ!!NARUKO CARNIVAL」を作りました。
編集部:高知の方と一緒につくられたのですね。
宮本氏:はい。高知の振付師=國友裕一郎さん(高知「セントラルグループ」の振付師・國友須賀氏の長男)や、札幌の作曲メンバー=大島さんなどと協力し合ってつくりました。
編集部:どのくらいの期間でできたのでしょうか。また費用も結構かかったと思いますが、どうされたのでしょうか。
宮本氏:いえいえ、費用は皆で協力し合い、無償で、2ヵ月ほどで作り上げました。
編集部:皆さんの「心意気」で、ということですね。さて、チームの話に戻します。32年間もチームを維持してくるのは大変だったと思いますが、ご苦労話などお聞かせください。
宮本氏:苦労と感じたことはないですね。皆、一生懸命やってくれています。たまに叱ることはありましたが・・・。
編集部:それはどんなことでですか。
宮本氏:みんなおせっかい好きなので、やりすぎてしまうんですね。それで大ごとになってしまうことがありました。
編集部:ほかに記憶に残っている出来事などはありますか。
宮本氏:このチームから「ソーランドラゴン」など、世界で活躍しているメンバーが育っていきました。2人組のヒーローとして10年くらい前から活躍しています。ネット検索すれば見つかると思います。
編集部:爆発騒ぎもありましたね。
宮本氏:あれは9回目だったか、実際に人が怪我してしまいました。
編集部:YOSAKOIソーラン祭りに第1回目から関わってこられたお立場から、この祭りの将来像とか改善点などがあればお聞かせください。
宮本氏:やっぱり一般参加で踊れる場がほしい。今年はできなかったが「ワオドリ会場」は復活してほしいですね。
編集部:今年(第32回)から、「新たなステージ。地域とともに歩む祭りへ。」ということで、YOSAKOIソーラン大賞の審査に「地域貢献点」が導入されましたが。
宮本氏:これについては、少し疑問があります。どうしても、「賞をとるには地域貢献しなければ」という意識が働くのではないか。地域貢献とは、そもそもボランティアで、賞などを考えずにやるものだと思うのです。
編集部:よくわかりました。もっと自由に踊れるチームが表れてほしい。そしてこのお祭りが高知とも交流しながら、自由で楽しめるお祭りとして続いて欲しいということですね。
本日はお忙しい中、たいへんありがとうございました。
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