「ありがたい」という言葉を深く考えてみると、漢字で
「有り難い」と書きます。
これは「あることが難しいこと」、つまり「まれであること」を意味します。
だから、反対語は「当たり前」となるわけです。
この
「ありがたい」の反対語が語られることが最近よくありますが、皆さんも耳にしたことがあるのではないでしょうか。
空手の稽古においても、私たちは
「ありがたい」と感じる瞬間が多くあります。
例えば、生徒が増え、稽古に来てくれること—これは非常にありがたいことです。
生徒から果物やお土産をいただくことも、思いやりを感じるありがたい瞬間です。
さらに、以前教えていた門下生が活躍していると聞いたときにも、心が温かくなり、「ありがたい」と感じます。
また教え子が我が家を訪れて、ワイワイ騒ぎながら楽しむひとときも、また「ありがたい」ものです。
毎日、健康に気をつけた食事をいただくことも、何よりありがたいことです。
そして、これらのすべてが「ありがたい」と感じられるのに、なぜか心がざわつく瞬間があるのです。
なぜでしょうか?
本来「ありがたい」とは、あることが難しい、つまり「まれであること」です。
つまり、日常的に「ありがたい」と感じることが多いのは、自然ではない、ある意味では不自然ともいえるのです。私が感じるざわつきは、こうした「ありがたい」ことが続く中で、私は今のままで良いのか、という自責の念から来ているのかもしれません。
世の中には、バランスが欠けたものが心を乱すものです。
このざわつきを鎮めるためには、バランスを保つことが必要です。
天秤に例えるなら、「ありがたい」という感覚の対極にあるもの、それは「当たり前」のことだと思います。
-門下生に全力で指導すること、これは空手家としては「当たり前」のことです。
-悔いのないよう精一杯親孝行をすることも、「当たり前」のことです。
-友人や門下生から頼まれたことを喜んで引き受けることも、「当たり前」のことです。
-生きていくうえで、最低限の食事をいただき、必要以上に食べ過ぎないことも「当たり前」のことです。
-出された食事を文句を言わずに残さず食べることも、また「当たり前」のことです。
-常に相手に思いやりを持って接すること、これもまた「当たり前」です。
これら「当たり前」のことを日々淡々と実行することが、空手の稽古を通して身につく大切な習慣です。
技術を磨くだけでなく、心を鍛えることも空手の大きな目的です。
何気ない「当たり前」のことを丁寧に行うことで、日常の中で小さな「ありがたさ」に気づく感性が養われます。この感性こそが、心のバランスを保つために不可欠です。
空手を通じて、稽古の中で「当たり前」のことをしっかりと実行することで、日々の「ありがたさ」に敏感になり、その感謝の気持ちを持ち続けることができるのです。
あなたも、日々の稽古を通して、「ありがたい」と感じる瞬間を増やし、心の中にその「ありがたさ」を育んでいきましょう。
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