まちの達人特集
(更新)
手焙煎深煎珈琲豆 侍悠・田中悠介さん
「美味しかったです。」
その一言をいただくたびに、田中悠介さんは心の中で小さくガッツポーズをすると言います。
小平市で手焙煎深煎珈琲豆専門店「侍悠」を営む田中さん。土鍋を使った独自の手焙煎や、生豆を洗う製法など、その珈琲づくりへのこだわりは多くのお客様を惹きつけています。
しかし、その一杯の珈琲の奥には、あまり知られていない人生の物語がありました。
今回のまちの達人特集では、珈琲だけでは語り尽くせない、田中さんの人生についてお話を伺いました。
お母様と居合道の写真
「小学校の頃はやんちゃでしたね。」
そう振り返る田中さんですが、自分では「恥ずかしがり屋で、でも目立ちたがり屋だった」と笑います。人前に出るのは少し照れくさい。それでも誰かを驚かせたり、楽しませたりすることは好き。そんな少し矛盾した性格だったと言います。
子どもの頃から夢中になっていたのは、生き物や植物でした。ゲームでも戦うことより、水族館や遊園地を作ったり、生き物を育てたりするシミュレーションゲームが好きでした。外へ出れば鬼ごっこをして走り回り、家では観葉植物を育て、熱帯魚やアロワナ、ピラニアなどの肉食魚まで飼育。実家ではシベリアンハスキーや猫とも暮らし、生き物に囲まれた毎日を送っていました。
「植物や生き物に関わる仕事ができたらいいな、とは何となく思っていました。」
将来の夢はまだぼんやりとしていましたが、生き物を育てることへの興味は、この頃から変わっていません。家庭では、お父様が東大和市で自営業を営み、お母様が家族を支えていました。
「母は厳しかったですね。でも優しかった。」
そう話す表情はとても穏やかです。
「叱るのも母、褒めるのも母。父であり母でもあった存在でした。」
その言葉から、お母様への深い信頼が伝わってきました。
侍悠・田中悠介さんとお母様
社会人になってからは生活協同組合へ就職し、配達業務を中心に働くようになります。
「最初はずっとこの仕事を続けるんだろうと思っていました。」
毎日決まったお客様のもとへ商品を届ける仕事。その中で田中さんが一番大切にしていたのは、人とのコミュニケーションでした。
「配達先の方との会話は楽しかったですね。」
地域の方との何気ない会話を積み重ねながら信頼関係を築いていく。その時間が仕事のやりがいにもなっていました。一方で、もう一つ譲れないものがありました。それは家族との時間です。
「子育てもありましたし、とにかく早く帰ることを意識していました。」
休憩時間を削ってでも仕事を終わらせ、定時で帰宅する。
「家族だけは犠牲にしたくなかったんです。」
その考え方は、今のお店づくりにも通じています。どれだけ忙しくなっても、自分にとって本当に大切なものを見失わない。その価値観は、この頃から変わっていませんでした。もちろん当時は、自分が珈琲店を開く未来など想像もしていなかったそうです。
人生が大きく変わるきっかけは、突然訪れました。
お母様の病気です。
腸閉塞で病院を受診したことをきっかけに、がんが見つかりました。
「最初は信じられませんでした。」
その日は親族の法事の日。田中さん自身も体調を崩しており、二人とも法事へ出席することはできませんでした。
「正直、その時はまだ実感がありませんでした。」
どう接したらいいのか分からない。だからこそ、できるだけ今まで通り接しようと心掛けたそうです。それまで「おかん」と呼んでいたお母様を、勇気を出して「お母さん」と呼んでみたこともありました。
「少し照れくさかったですね。」
一方で、奥様は介護の仕事をしていたことから、現実を冷静に見ていました。
「妻がいろいろ教えてくれたおかげで、悔いのないように動けたと思います。」
その頃から、田中さんの中で一つの考えが生まれます。人生は、思っているよりずっと短いのかもしれない。
「母は長生きするものだと思っていました。」
だからこそ、突然の出来事は死生観そのものを変えました。
「自分も長く生きられる保証なんてないんだと思いました。」
その時、田中さんはある問いを自分自身へ投げかけます。
「もし、自分が末期がんだったら。」
そして続けて考えました。
「その時、自分は子どもたちに何をしてほしいんだろう。」
たどり着いた答えは、とてもシンプルでした。
『自分らしく生きていてほしい。』
それなら、自分も同じように生きよう。母が本当に喜んでくれることは何だろう。そう考え続けた結果、一つの答えへたどり着きます。
「自分が本当にやりたいことに挑戦することでした。」
会社を辞める決断は、実は想像よりも早かったと言います。
「母の病気が分かった時には、もう年度末で辞めようと決めていました。」
周囲から見れば大きな決断だったかもしれません。しかし田中さんの中では、不思議なくらい迷いはありませんでした。母が背中を押してくれた。そんな感覚だったのかもしれません。そして、その決断が、後に「侍悠」という一軒の珈琲店へとつながっていくことになります。

手焙煎深煎珈琲豆専門店「侍悠」の前で
意外にも、田中さんはもともと珈琲が好きだったわけではありません。
「昔はほとんど飲む習慣がありませんでした。正直、おいしさもよく分からなかったんです。」
それでも、人生を懸ける仕事として珈琲を選びました。理由を伺うと、少し考えてからこう話してくれました。
「自分にできることで、人に喜んでもらえて、それを仕事にできるものは何だろうと考えた時に、珈琲だったんです。」
しかし、それだけではありませんでした。一番大きかったのは、お母様の存在です。趣味として焙煎を始めた頃、自分で焙煎した珈琲をお母様へ淹れる機会がありました。その時、お母様が一言。
「おいしいね。」
何気ないその言葉が、今でも忘れられないそうです。さらに現在の侍悠を代表する特徴でもある「生豆を洗う製法」も、お母様との関わりの中から生まれました。
「母のおかげで知ることができた方法なんです。」
だからこそ、この珈琲で生きていくことにも特別な意味があります。
「この珈琲で生活ができたら、母もきっと喜んでくれると思ったんです。」
侍悠の珈琲には、焙煎技術だけではなく、お母様との思い出も一緒に焙煎されているのかもしれません。
侍悠では、土鍋による手焙煎という珍しい方法で一粒一粒の豆を焙煎しています。効率だけを考えれば、大型の焙煎機を使う方法もあります。それでも田中さんは、あえて手焙煎を選びました。
「自分にしかできないことをやりたかったんです。」
大量生産ではなく、自分自身が納得できる珈琲を届けること。それが侍悠らしさだと話します。しかし、今では焙煎中に考えていることは少し変わってきたそうです。
「以前は上手に焙煎することばかり考えていました。」
そう笑いながら続けます。
「今は、この珈琲を飲んでくださる方の顔を思い浮かべながら焙煎しています。」
そんなことを想像しながら豆と向き合っています。だから、お客様から「おいしかった」と聞けた時が、一番うれしい瞬間です。
「心の中で『よし!』って思いますね。」
中には、
「ブラックコーヒーが苦手だったけれど、この珈琲なら飲めた。」
そんな声をいただくこともあるそうです。その一言一言が、次の一釜を焙煎する力になっています。
侍悠をどんなお店にしたいですか。そう尋ねると、返ってきた答えは少し意外でした。
「珈琲豆屋だけでは終わりたくないですね。」
珈琲を買いに来るだけではなく、人と人が自然につながる場所にしたい。
「僕がお客様へ影響を与えるだけじゃなくて、お客様からも影響を受けたいんです。」
そんな関係が理想だと言います。だから店内では、珈琲の話より雑談で盛り上がる日も少なくありません。
気が付けば時間を忘れてしまうこともあります。
最近では、
「前から気になっていました。」
「こんなところに珈琲屋さんがあったんですね。」
そんな声を掛けてもらえることも増えました。以前、どこからか聞こえてきた「コーヒー屋さんだ!」という声。その何気ない一言も、今では大切な思い出になっています。少しずつ地域に根付き始めていることを実感できた瞬間でした。
若い頃のお祭りの写真
店名の「侍悠」。この名前には、田中さん自身の人生が重なっています。人生を一言で表すなら。そう尋ねると、迷わず返ってきた言葉は、
「侍」
でした。決して強さだけではありません。
そんな生き方を大切にしたいという想いが込められています。その想いは、仕事だけではなく、居合道にもつながっています。十九歳の頃、日本刀に魅せられて一本の刀を購入。現在では脇差を含め十二振りを所有しています。
そして六年前、小平市内の居合道場へ見学に行きました。ところが、見学しているうちに、自分の方が道場へ近づき、気が付けば稽古へ参加していたそうです。現在は無雙直傳英信流居合道六段。六段から先は二年間受験資格がなく、ようやくここから本当の修行が始まると言います。
「まだまだここからですね。」
そして居合道には、もう一つ忘れられない思い出があります。
昇段試験
その姿を、お母様に見てもらうことができたのです。
「人生の中でも、本当に大切な出来事でした。」
侍という言葉は、刀だけではありません。人生と向き合う姿勢そのものなのだと感じました。
人生を一言で表すなら。そう改めて尋ねると、もう一つの答えが返ってきました。
「悠々自適。」
そのすべてが調和した毎日を送りたい。それが田中さんの考える理想の人生です。十年後、どんな毎日を送っていたいですか。「忙しくはありたいです。でも、自分のやりたいことを犠牲にするような忙しさにはしたくありません。」
会社員時代から大切にしてきた「家族を犠牲にしない」という価値観は、今も変わることなく続いています。
そして、侍悠もまた、そんな人生を映す場所でありたいと考えています。
「ほっとできる場所。」
その一言に、すべてが詰まっていました。最後に地域の皆さんへメッセージをお願いすると、田中さんは笑顔でこう話してくれました
「癒やしを求めて、ぜひいらしてください。少しでも癒やされていただけたらうれしいです。」
生豆を洗う
土鍋焙煎
焙煎後の豆
取材中、田中さんは何度も「母が喜ぶことを考えた」と話してくださいました。それは決して過去を振り返るための言葉ではありません。その想いは今もなお、珈琲を焙煎する時間、お客様を迎える時間、家族と過ごす時間、そのすべてにつながっています。
その根底にあるのは、派手な技術や特別な製法だけではなく、「自分に嘘をつかず、自分らしく生きる」という、とてもまっすぐな人生観でした。侍悠の珈琲豆には、その人の生き方が映る。そんなことを思わずにはいられませんでした。
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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