下町酒場はしご酒~江戸川のディープな居酒屋巡り
ビールは注ぎ方と洗浄で決まる
ビールこそ、わが一日の愉しみ
その日、最初に口へ運ぶ酒は、いつでもビールと決めている。
こればかりは、長年変わらぬ。
名の知れた旅籠へ泊まると、主人が自慢の梅酒などをすすめてくれることがある。
洋食屋では、食前酒のシャンパンを勧められることも少なくない。
しかし私は、ありがたく辞退する。
一日の終わりを待ちわび、ようやく喉へ流し込む最初の一杯。その歓びは、ほかの酒では代えられぬ。
その前に別の酒で喉を湿らせるなど、私には惜しいことなのである。
「まずはこちらを一杯」
そう言われるたび、胸の内では、
――いや、それより早くビールを。
と、小さく叫んでいる。
まことに器の小さな男だが、こればかりは譲れぬ。
さて、私なりに、一番うまいと思うビールの飲み方を記しておこう。
瓶ビールのこと
瓶ビールは、慌てて注いではいけない。
一本の細い流れをつくるように、静かにグラスへ落とす。
やがて瓶を少しずつ高く持ち上げる。
三十センチほどの高さから注げば、白い泡がふっくらと育ってくる。
その泡が縁いっぱいに盛り上がり、今にもこぼれそうになったところで、すっと手を止める。
それから一息に飲む。
喉を落ちてゆく冷たい感触。
鼻へ抜けるほのかな麦の香り。
「ああ、うまい」
この一言が自然に漏れる。
こうして泡を立てるのには訳がある。
ほどよく炭酸が目を覚ますことで、ビールの香りと旨味が引き立つ。
さらに泡は蓋となり、空気を遠ざけて味を守ってくれる。
泡が旨さを呼び、泡が旨さを守る。
まことによくできた飲み物である。
だから私は、缶ビールをそのまま口へつけて飲む気になれない。
手軽ではある。
しかし、せっかくの香りも泡も、その良さを十分には味わえぬように思う。
テレビでは、缶を掲げて豪快に飲み干す場面を見かける。
あれは見栄えのする絵ではあっても、ビールを一番うまく飲む姿ではない、と私は思っている。
生ビールのこと
生ビールは、また別の作法がある。
肝心なのは、注ぎ方とサーバーの手入れである。
ジョッキを軽く傾け、勢いよくビールを受ける。
中で大きく渦をつくるように流し込み、泡を十分に育てる。
泡が落ち着けば、静かにビールを継ぎ足す。
これを幾度か繰り返す。
急がぬことで余分な炭酸はおとなしくなり、味わいは丸く、麦の甘みも深く感じられる。
最後に、きめ細かな泡をそっと盛る。
この一杯ができあがるまで、およそ三分。
たかが三分、されど三分である。
そして、もう一つ。
毎日のサーバー洗浄を怠ってはならぬ。
配管に残ったビールは酸化し、香りを濁らせる。
どれほど注ぎ手が巧みでも、手入れを怠れば、その一杯は台無しになる。
反対に、丹念に洗われたサーバーから注がれるビールには、澄んだ香りと清々しい後味がある。
旨い生ビールとは、派手な技ではない。
毎日の手間を惜しまぬこと。
そして、一杯を疎かにしないこと。
結局のところ、旨い酒というものは、人の誠実さがそのまま味になるのである。
↑素晴らしい注ぎ方(生ビール)
↑これはいまいち(瓶ビール)
↑瓶ビールの注ぎ方の見本(瓶ビール)
↑中には泡を立てないクラフトビールもある(生ビール)

◆この記事を書いたひと
酒場ライター:居酒屋伝道師・池波和彦
東京生まれ東京育ち。酒場巡りを趣味とし、北は北海道の離島から南は沖縄の離島まで新規10000軒以上の店を巡りブログ「日本の酒場をゆく」を執筆。毎夜全国の居酒屋やバーにて神出鬼没の酒戦の日々を過ごす痛飲派。
ブログ「日本の酒場をゆく」↓
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。
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